第11章 ヒトの配偶者選択・配偶者防衛
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1. ヒトにおける配偶者選択
ヒトの配偶者選択の問題が単純でなくなっている原因の一つは、多くの社会において結婚相手を決めるのがその親や親族だから 父系社会の典型で、人類の多くの伝統社会は父系
伝統的父系社会における配偶者選択
現代の西欧文明型と狩猟採集社会の一部(後述)を除き、人類における結婚の多くは、親族と親族との取り決めであり、上の世代が決めるもの
動物においては、このような他個体による操作はほとんどないので、これはヒトの特徴と言える
配偶者選択にかかわる性淘汰は、ストレートには働かないことになる 一夫多妻の婚姻制度を持っており、男性が持っている家畜や土地の面積が大きいほ、多くの妻を得ることができた
キプシギスに限らず、父系で父方居住の部族はたいてい、結婚は婚期にある娘を持った父親(または親権者)が、結婚させたい男性の父親に対して求婚し、両者の間で長々と交渉が続けられた末に決まる
娘の親たちは娘をなるべく財産を多く持っている男性と結婚させようとする
そのような裕福な男性は、多くの女性の花嫁候補となるので、逆に女性を選り好みすることができるようになる
このことから、多くの人間の社会においては、配偶者の選り好みは、女性側からも男性側からも双方向に働くことになる
娘の夫として重要な要素は、所有する富(54%)、集落の成員からの尊敬(61%)、教育程度(41%)であり、勤勉であるかどうか(9%)や性格(17%)は、あまり重要とは見なされていなかった
この結果を50歳以上の古い世代の親と、それより若い新しい世代の親とに分けて比較するといくつかの違いが見られる
古い世代では成員からの尊敬はそれほど評価されていない
新しい世代ん親は、所有する富や教育程度を重視していた
これらの変化はキプシギスが近年になって経験している社会の変化を表しているのだろう
男性が富を得るために重要なことが変化し、娘の親達は、その変化に敏感に反応していると考えられる
男性側がどのような女性を好むかは、婚資の額に明白に表れている キプシギスの妻の価値の基準は、若くて繁殖力が高いことと、処女であること 初潮年齢が低いほど、生涯に生む子の数が多くなるという証拠があるので、女性の繁殖力を表していると考えられる 財産所有があり、父親が子に対して大きな投資を行い、財産が父から子へと受け継がれる社会では、結婚する男性にとっては、確実に自分自身の子が生まれることは適応度上、非常に重要
キプシギスでは、娘が結婚前に妊娠してしまっていると、婚資が非常に安くなる
繁殖力があるかどうかという点が唯一の問題なのであれば、妊娠は繁殖力のあることを証明しているのだから、子の父親である男性と結婚するのであれば、そこに不都合はないように思われる
婚資が安くなってしまうのは、娘の父親が、相手の男性に対して婚資の交渉能力を失ってしまうからだとされている
これらの話は、多くの伝統文化社会に共通して見られる
近代社会以前の伝統文化では、「家」「出自集団」「クラン」などといった、個体より上のレベルでの集団が生業の単位となっており、それらの集団間には、協力関係とともに対立関係もある 結婚は、連合関係の形成と維持のために使われる手段であり、女性は、集団の力を強めるために多くの子を生んでくれる資源ということになる
そのような状況で、女性の繁殖力と父性の確実性とが、高く評価される
狩猟採集社会における恋愛と結婚
伝統文化社会の配偶者選びが人類における配偶者選択のすべてではない
現代では状況は非常に異なる
進化的に人間の心理を形作るまでに強く長く働いてきたとも考えられない
女性が性成熟するとともに結婚生活に入るが、昔はもっとずっと若いうちから結婚したこともあった
性的に完全に成熟したことが明らかとなるまで性関係は始まらない
最初の結婚はたいてい両親が決める
結婚した男性は初めは花嫁の家に住んで花嫁の家族のために働く「ブライド・サービス」と呼ばれる慣習がある 花嫁の両親は、どんな花婿がよいかについて強い意見を持っており、それにしたがって最初の婿を選ぶ
年齢があまり年上でありすぎないような男性で、妻をまだ持っていない男性を好む(自分の娘を第二夫人にはさせたくない)
狩猟の上手な男性、家族生活に対する責任を快く引き受けてくれるタイプの男性
協力的で、優しくて、暴力的でないということも重要
男性が花嫁として迎えたい女性
若くて、たくさん子供を生むだろう女性であることはもちろん重要
働き者で、好ましい性格であることも大事
最初の結婚はたいていうまくいかない
花嫁自身が、親が決めた相手を気に入らないことが多いから
女性が自分の結婚相手を気に入らないときには、それを周り中にはっきりと知らせる
親族を説得し、婚約を破棄する
または、夫を出て行かせるように仕向ける
毒矢の毒を少しばかり飲んで自殺未遂して見せたり、ブッシュの中に家出したりすることもある
親の選択によるのではない、恋愛で自然に生じた関係で「試しの同棲」が始まることもある
両親の年齢が近く、近所で育った、よく知り合った間柄
そのうちに子供ができると正式に結婚することもよくある
最初の結婚ではない、女性がもうすっかり大人になったあとの結婚では、彼女自信の好みで最初から縁組が決まることが多くなる
1970年代に青春時代を送った、クン・サンの女性、ニサの語る人生の記録(Shostak, 1990)
彼らの恋愛感情が、現代の私たちとほとんど変わらないことがわかる
若い人がかなり自由な性関係を持っており、クン・サンよりもずっと親の思惑が入り込まない
試しの同棲を何回もするが、先進国と同様に、好きになったから、惚れてしまったからということのようだ
本当の結婚でも、親その他のおとなの影響は最小限度であり、自分たちが好きかどうかで決める
女性はかなり若いときから相当に選り好みを行うようだ
アメリカの人類学者のK.ヒルが、アチェの若い男性であるアチプラジに、女性はどんな男性を好むのかを聞いた会話(Hill & Hultardo, 1996) 男は狩りがうまくなくちゃいけない
男は強くなくちゃいけない
暴力を振るう男は嫌われる
なんでも耐えられて疲れないやつ
体の大きい人というわけではなく、小さくても大きくても強くなくちゃいけない
いい男がモテる
魅力的な、ハンサムな男
女好きのする男
親切でにこにこして、冗談を言うやつ
それで顔がいい
狩猟採集民においても、原始農耕民においても、出自集団やクランは結婚を決めるにあたって無視することはできない
親族の中には結婚可能な親類とそうでない親類とがある
誰もが結婚可能な集団の中の、結婚可能な人間としか結婚できない
しかし、その中では、相手の選択はかなりの部分まで本人たちの意志に任されており、たとえ、親が決めたい相手がいたとしても、最終的には本人達の希望が通る
狩猟採集民の恋愛について調べた研究によると、本人同士が相手を選ぶ基準は、年齢が近いこと、性格があうこと、過去の生活経験が似ていて話があうこと
キプシギスのように親族同士が結婚を決めるときには、男性の所有している財産が重要な婿選びの指標となるので、おのずと花婿は花嫁よりもずっと年上になる
しかし、結婚する当人同士の間で選択が許されるようになると、年齢の差はずっと縮まってくる
恋愛と現代における結婚
進化心理学者のD.バスは、配偶相手に好ましい性質として、男性と女性がそれぞれ相手にどのようなことを期待するかを、世界の37の社会で調査した(Buss, 1989) アジア、アフリカ、南北アメリカ、東ヨーロッパ、西ヨーロッパ
調査対象の平均年齢はおよそ23歳
どの社会の若者たちも、両性ともに、性格があうことや話があうこと、誠実で明るい人であることなどが重要だと回答した
しかし、どの社会においても、男性は(女性よりも)、女性の若さと身体的魅力により重きを置き、女性は(男性よりも)、男性の経済力と社会的な競争力により重きを置いていた
バス自身は、これは人類が長い間にわたって、男性が女性の繁殖力を目安に配偶者選びをし、女性は男性の社会的な地位を目安に配偶者選びをしてきたことの現れだと論じている
進化的にヒトの繁殖にかかわっていた淘汰圧が男女で異なる
男性は繁殖力の高い女性を何人配偶者にすることができるかによって自らの適応度が制限されてきた
女性は資源をどれだけ自分に提供してくれる男性と配偶できるかによって自らの適応度が制限されてきた
近代社会を考えればそうかも知れない
バスが調査を行った社会の大半は、おもに男性が職場で働き、女性はおもに主婦だった
数十年以上にわたってそのような社会状況がずっと続いていれば、社会状況の認識と学習から、アンケート調査では人々はそのように答えるだろう
バスの調査でも、日本の調査でも、狩猟採集民の調査でも、非常に多くの人々は、年齢が近くて、話があい、性格が合う人を好んでいる
人類の結婚は、似た者同士が結婚するという「同類交配」がどこでも行われている もっとも強い要素の一つが知能の類似
現代社会における離婚の原因を調べると、浮気や経済的困窮よりもかなり多く見られるのが、性格の不一致
バスが行ったようなアンケート調査を行えば上記のような結果が出てくるが、結婚相手を選ぶ時に何が大切か、実際に結婚生活がうまくいくかどうかということは、性格や考え方や趣味の一致が非常に重要であることを示している
性格や考え方が一致すること、優しくて誠実で理解があるということはなぜ重要か?
長期にわたる共同事業の相手なので、性格や考え方が一致し、優しくて信頼できる誠実なことは、当然大事であるに違いない
複雑な文化的ニッチの中で生きている動物にとって、性格やものの考え方が一致することは、文化的ニッチを共有できるということではないか
ヒトが住んでいる文化的ニッチは非常に多次元であり、色々なタイプの人がそれぞれ異なるやり方で暮らすことができる まだ正確な答えは見いだされておらず、今後の実証的な研究が必要
BOX8: 文化的ニッチェ
ある生物がどんな場所に住み、どんな時間に活動し、どんなものを食べ、どんな暮らし方をしているかということを、他の生物との関係を考慮して数量的に表したもの
ニッチェの概念は、種間の違いを比較したり、同じような環境で多数の種が共存できる仕組みを理解したりする上で重要
同所的に暮らす異なる種同士がまったく同じニッチェを占めると、種間の競争が激しくなるので、いずれニッチェを少しずらすことが生じる
文化的ニッチェは筆者らの造語
一つの文化に属する一つの社会で暮らすにも、様々なやり方があるのではないか
ここで考えたいのは、結婚生活をうまく送っていくためには、このような生活上の価値観ややり方が、ある程度一致しなければならないのではないかということ
夫婦になってうまく繁殖成功をおさめるためには、両者が同じ文化的ニッチェに居なければならないのではないかと考えられる
2. 女性の性的魅力――とくにウェスト/ヒップ比について
人類学者のB.ロウたちは、人類の若い女性のウェストはなぜくびれているのだろうか、という疑問を提出した(Low et al., 1987) 哺乳類の中でウェストがくびれているのはヒトの女性だけ くびれてくるのは思春期からで、中年以降になると、またそれほどくびれが目立たなくなっていく ロウは若い女性のウェストがくびれているのは、繁殖力の高さを示す指標であり、それが男性一般に性的魅力として映るのだと考えた
ヒップの大きさは(骨盤の広さ)は、一般に、女性が性的成熟に達していることと、繁殖力の高さを表していると考えられる
女性のからだの線を眺めたときに、ただ単に全体的に大柄で太っているということと、本当に骨盤が広くて繁殖力が高いことを区別するために、ウェストがくびれてその差を強調し、これを繁殖力の正直なシグナルとしていると考えた
進化心理学者のD.シンは、この考えを検証するために、様々な実験と計測を行った 様々なウェスト/ヒップ比の女性の線画で魅力度を判定してもらったところ、ヒップに対するウェストの比が0.7の女性の絵がもっとも魅力的であったと報告している(Singh, 1993)
二次元平面だけでなく、バービー人形でも同じテストを繰り返したが、結果は同じだった
シンは、様々な病気が女性のウェストに及ぼす影響を調べ、ウェストとヒップの比が0.7であることは、そのような病気ではないことも示していると主張している
本当にそうか?
シンが調べた男性集団はほとんどは西欧文化の社会の男性
西欧文化ではウェストのくびれた女性が魅力的な女性として再三登場する
西欧文化では、つい100年ほど前のビクトリア朝時代に、ウェストの極端に細い女性が魅力的としてもてはやされた時代がある ヒトの女性では思春期とともにウェストがくびれるものであり、他の哺乳類にそのような形質を示す種類はないとしても、それが人類一般としての女性の性的魅力であるかどうかは、もう少し慎重にならねばならない
西欧のメディアに触れる機会のほとんどない、独自の文化的価値観を維持していると考えられている人々の研究
ユーらは、彼らにシンが使ったのと同じ女性の絵を見せた
彼らは0.7未満の女性は「栄養失調で死にそう」、0.7の女性は「最近下痢でもしたらしい」と答え、それ以上のウェストの太い女性の方が「魅力的だ」と答えた
筆者らも、タンザニアで仕事をしていたときに沢山のアフリカ人と話す機会があったが、彼らは明らかに太った女性を好んでいた
人類の女性のウェストがくびれていることは、生まれてくる時の新生児の頭の大きさが大きくなった結果、女性の骨盤が大きくなったこととたしかに関係がある 思春期以前の女児では、たしかに、成人女性よりもウェストの絶対値が大きくなっている
つまり、女性は性的に成熟するとともに骨盤が大きくなるだけでなく、優位にウェストが細くなる
これがどういう意味なのかはまだよくわからない
繁殖力の高さを表すということのほかに、ヒップの大きさに比べてウェストが細いことは、今現在妊娠していないことをも表示しているのだろう
配偶相手としての価値の側面を確かに表していると考えられる
しかし、ユーらの調査結果は、このことが、それほど簡単に通文化的に見られる人類の好みとは言えないことを示している
しかし、ウェストのくびれた女性が魅力的だとするのは、完全に西欧メディアの影響であるとも言い切れない
西欧メディアが原因ならば、なぜそれには誰にも訴えるものがあるのか
西欧文化の他の側面はそれほど簡単には広まらないのに、なぜウェストのくびれた女性が魅力的だということだけは、簡単に世界中の文化に広まるのか
シンの考察が正しいかもしれないが、このウェストとヒップの比の話は、私たちは、まだ研究と分析が不十分と結論したい
3. ヒトにおける配偶者防衛
伝統文化社会における慣習
配偶者防衛は、一方の性の個体が、自分の配偶相手を同性の他個体から防衛し、自分としか配偶しないようにする行動 ほとんどの場合、雄が雌に対して行うが、それは雌が複数の雄と交配すると精子間競争が起きることになり、子の父性が不確実となるので、それを防ぐための雄の戦略であると考えられる 男性が子に対して大きな投資を行う場合ほど、男性による配偶者防衛が強く働くと予測される
実際、世界各地の伝統文化社会で行われていた風習を見ると、子の予測は支持されると思われる
北アフリカを中心に多くの父系社会で行われていた女子割礼 性的成熟とともに、女性器の生殖器の一部を切除したり、縫合したりする風習
女性にとってセックスが楽しくないものにするためであり、この習慣を持った人々の間では、そうしなければ女性はセックスが楽しくなり、夫以外の男性とたくさん性交渉を持つようになるからという説明がされる
つまり、これは配偶者防衛の一つであると考えられる
女子割礼が行われている社会では、婚姻時の女性の処女性も重視されている
女性の行動を制限したり、女性が家族や配偶者以外の男性と会わないようにさせたりする風習も、多くの文化で見られる
インドのカースト社会では、上位カーストになるほど、女性の部屋の窓が小さく、壁の高いところについている 家の中でも女性のいる区域と男性のいる区域が分かれていることがよくある
イスラムの世界では、夫のある女性が一人で買い物に出かけることが禁止されている国もある これらの社会はすべて、強い父系と父方居住の文化を持っており、女性の生活は配偶者である男性に完全に依存している
つまり、男性による子に対する投資の大きい社会
アラブ世界で、女性がベールをかぶり他人に顔を見せないこと しかし、近代社会にも根強く残る、おとなしい女性、あまり自己主張しない女性がよいというような「女らしさ」に関する概念にも、配偶者防衛に都合の良い女性、コントロールしやすい女性をよしとする思想が現れていると考えられる
不倫に関するダブルスタンダード
古今東西を通文化的に見て、妻の浮気、不倫は厳しく罰せられるが、夫の浮気、不倫は問題にならない場合がほとんど
妻が浮気をした場合、生まれてきた子供の父性が不確実になることが必至であるけれども、夫がどこか外で浮気をしてきても、自分自身の家で妻が生む子どもの父性には関係がないということから予測される、配偶者防衛の現れの一つと解釈される
浮気をした妻とともに、浮気の相手の男性も罰せられることはしばしばあるが、夫の浮気に関してなにか特別に罰則を設けているような文化は、近代の男女平等社会を除いてほとんどない(Daly & Wilson, 1983) 嫉妬の心理
嫉妬はまさに、自分が愛する相手、大切に思っている相手を自分だけのもとにとどめておきたいとする感情 それがとくに配偶者または恋人に向けられた場合、それは配偶者防衛行動を起こさせるもとになる、配偶者防衛の心理を表していると考えられる
自分の配偶者または恋人が自分以外の他人と関係を持ったと考えてみる
状況(A): 一時的に性的関係を持ったが、あなたから心が離れたわけではない
状況(B): 相手と性的関係を持っているわけではないが、あなたから心が離れ、心はすっかりそちらに移っている
バスは、男性はパートナーの性的関係に対してより強く嫉妬の感情を抱くだろうが、女性は相手の男性の心が離れてしまったことに、より強く嫉妬を感じるだろうと予測した
男性にとって、パートナーが自分以外の男性と関係を持った場合、父性の不確実性と配偶者防衛の心理を考えると、パートナーの実際の性的関係は、非常に強い反感と嫉妬を呼び起こすものと考えられる
女性では、パートナーが他の女性と性的関係を持っても、自分自身の繁殖成功度に直接の影響は及ばないが、心が離れてしまった場合には、その男性が自分および自分の子に行おうとする投資の量が減っていくため、こちらのほうが強い反感と嫉妬を引き起こすと考えられる
バスは、パートナーが他の異性と性的関係を持ち、かつ、心が移ってしまったとしたら、性的関係と心変わりのどちらにより強い苦悩を感じるかという質問形式で、アメリカと日本と韓国で比較調査を行った(Buss et al., 1999: 日本では筆者らがデータを収集) いずれの国でも、男性は女性よりも性的関係に対して、また女性は男性よりも心変わりに対して、それぞれより強い苦悩を感じていることがわかった
実際にどれほどの率の男性、女性がそのように感じるかには文化によって差がある
どの社会においても、男性と女性を比較すると、肉体的な関係の方により強く嫉妬を感じるのは男性の方であり、それが逆転している社会はない
しかし、クン・サンやアチェのように、女性が妊娠したときに複数の男性と性的関係を持っていた時には、「第一のお父さん」と「第二のお父さん」が認められるような、そして、それぞれが「自分の子らしい子」に対して何らかの世話をするような社会もある
このようなところでは、必ずしもバスの結果と同じものは得られないのではないかと予想できる
この性的嫉妬についてのバスの調査結果は、近年の家父長制的文化の影響と見ることもできる
大切なのは、女性にも男性にも、現代人にも伝統的家父長制社会の人々にも、狩猟採集民の人々にも嫉妬の感情があり、それは一夫多妻婚の配偶システムを脅かす大きな要素になっているということ
4. 家父長制の起源
ここでは家父長制を、夫および父親を代表とする男性親族が女性の行動をコントロールし、そこから敷衍される社会的権力が、女性を男性に従属させるような価値観を持った文化とする
配偶者防衛の装置としての家父長制
進化生物学の視点から考えれば、男性と女性の間の葛藤と対立は、究極的には繁殖戦略の違いから生じるもの
雄が雌の行動をコントロールしようとする源泉であり、雄と雌の利害が最も対立する点であるのは、配偶者防衛だろう
動物の雄たちが配偶者防衛を行う進化的理由は、不正の確実さを増すこと
人類における、男性による女性のコントロールと従属化も、究極的な原因はそこにあると考えられる
父性の確実さが進化的に見て重要になるのは、とくに雄が子に対して多大な投資を行う場合
このことは、生存と繁殖にとって必要な資源を男性が支配するときに顕著になって現れる
つまり、生存と繁殖にとって必要な資源を男性が握っているのであれば、女性の生存と繁殖は、配偶者である男性の手中に握られることになり、配偶者の男性がすべてを供給することになる
こうなると、男性は自分の資源が確実に自分の子のみに使われるように、配偶者防衛を厳しく行うようになる
生存と繁殖にとって必要な資源を男性が独占するような状況では、一般に男性がそれを女性から独占することができるばかりでなく、一部の男性が他の男性から独占することもできるようになる
つまり、資源の占有が可能なところでは、男性間に不平等が生じる
そこで、裕福な男性が複数の女生と配偶することができるようになると、必然的に繁殖から除外される男性が出現し、そのような男性の侵入を防ぐためにも、裕福な男性は一段と配偶者防衛を厳しく行うようになる
一般に、狩猟採集社会では、富の蓄積をすることができず、人々は毎日食べる分だけをとって食べている
男性が資源管理を独占しているわけでもなく、一部の男性が他の男性よりも裕福であることもない
このような社会では、人々はかなり平等であり、男性による女性の行動のコントロールも隷属化も、たとえあるとしてもわずか
農業と牧畜が始まり、大規模で行われるようになると、富の蓄積が可能となり、男性による生産手段の独占も生じてくる
男性による女性の行動のコントロールがさまざまな形で見られるようになり、女性の価値は処女性と貞操と従順さで測られるようになり、結婚前の女性もそのような価値観のもとに育てられるようになる
また、このような社会では、資源管理の度合いに関して男性間の不平等が必然的に生じるので、社会は階層化する
様々な配偶者防衛とコントロールを行うのは、資源を独占し、父性を確実にせねばならない上層階級のみであり、同じ社会であっても、資源を持っていない貧困層ではそのような配偶者防衛はあまり見られない
これこそ人類の伝統文化社会の多くで起こっている事柄
現代社会では、女性の社会進出とともに、女性が自分で生活の糧を得られるようになった
男性感に富の蓄積に関する不平等が消える方向にあるわけではないが、少なくとも法的な婚姻関係は一夫一妻であるため、男性間に本質的な不平等はない
現代社会でかつてのようなジェンダーイデオロギーが消えていくとしても不思議はない
出生地からの分散の影響
動物は、性成熟前に出生地から分散するのが普通
分散する性は種ごとに異なる
どちらか片方の性の子が分散すれば、もう一方の性の子は分散する必要がなく、出生地にとどまることになる
両性とも分散する種類は非常に限られており、そのほとんどは、一夫一妻のカップルが独自の縄張りを所有するような種類
哺乳類のほとんどは、雄が出生地から分散し、雌の子は生まれた場所に残るのが普通
出生地からの分散のパターンは系統ごとにかなりはっきりと決まっており、進化的に保守的だと思われるので、ヒトもその祖先においては、チンパンジーやボノボと同様、雌が出生地から分散し、雄が残るパターンだったのではないかと考えられる
現生人類でも、婚姻形態と結婚後の居住のパターンを見ると、女性が男性の家族のところへ嫁入りし、男性の家族とともに居住する父方居住が(588例)、その逆の母方居住(111例)よりも5倍も多くなっている 婚姻と居住のパターンは、結婚生活において男性と女性それぞれがどのような連合関係を持てるかに影響を与える
女性が家族のもとにとどまるのならば、結婚後も血縁者からの連合が期待できる
女性が家を離れて男性の家に嫁入りするならば、男性には家族の連合があるが、女性にはその可能性が少なくなる
したがって、女性の行動のコントロールと男性への従属は、父方居住の場合に、より強く現れると考えられる
クン・サンのブライド・サービスのような例では、娘の両親は婿の正確と働きを見極めることができ、娘を守ることができる
クン・サンでは夫が妻に暴力を振るうことはほとんどないが、それはこのような力関係があるからだろう
女性の若さ、幼さ
多くの社会の男性は、配偶相手の女性が若いことを好む
このことは、女性の潜在的繁殖力が評価されていることの現れだと解釈されているが、これも本当にそうか?
旧世界ザルでもチンパンジーでも、雄がもっとも交尾したがる相手の雌は、性成熟に達したばかりの若い雌などではなく、十分に繁殖の経験を積んだ中年の雌 彼女らは過去に繁殖しているのだから、繁殖力があることは証明されている
何度か子育てもしているので、子育ての技術も十分に習得しており、生まれた赤ん坊をうまく育てる保証もある
ところが、なぜかヒトの男性は若い女性を好む
ヒトでは子育ての期間が非常に長いので、若い女性を配偶相手としたほうが、繁殖期間を長くとることができるのは確か
しかし、ヒトの男性における若い女性好みは、まだ幼い少女にまで及んでいる
ハーディはこのことは、家父長制の文化のもとでは、男性は女性を将来価値の出る財産として蓄積することができるからではないかと考えた
配偶者防衛が進んでいるところでは、従順でコントロールしやすい女性が好まれるので、実際の年齢よりも幼い感じの女性や無力な女性が魅力的とされる傾向がある
家父長制による男性の女性に対する操作が大きいところでは、態度としての幼さだけでなく、本当に低年齢の女性から操作しようとするようになるのかもしれない
経済力、暴力、権力
進化生物学的な分析は、男性の経済力や権力の追従、女性に対する支配の根源は、男性の繁殖戦略であることを示唆している
男性は女性の性行動をコントロールすることによって自らの適応度を上げることができるが、女性は、男性の性行動それ自体をコントロールしても、自らの適応度の上昇にはつながらない
男性には、女性の性行動をコントロールしようとする進化的動機があるが、女性には男性の性行動をコントロールしようとする進化的動機はそれよりも少ないことになる
女性にも、男性の行動一般をコントロールすることによって得られる利益はもちろんある
しかし、生涯繁殖成功という観点では、男性が女性をコントロールすることによって得るもののの方が、女性が男性をコントロールすることによって得られるものよりもずっと大きいので、相対的には男性のコントロールの方が顕著に現れるようになる
資源のコントロールをすること、権力を持つこと、暴力を振るうことは、女性の繁殖力のコントロールにつながり、それによって自らの適応度が上がったからこそ、家父長制的な習慣や社会制度、価値観が生み出された
哺乳類のほとんどは、繁殖をめぐる雄間の競争が非常に厳しく、雄のからだが雌からだよりもずっと大きくなっている
大きい雄たちは、たいていは彼ら同士で闘っているだけで、配偶者防衛が雄の重要な戦略として出てくる種類は限られている
ヒトにおいても、配偶者防衛が男性の重要な繁殖戦略となる要素が現れたとき以後、家父長制的な様々な装置が出てきたと言える
ヒトにおいて配偶者防衛が、男性の重要な繁殖戦略となった原因は、排卵の隠蔽と女性による積極的な配偶者の選り好みだったのではないか 発情のシグナルが消え、女性が積極的に相手を選り好みをするようになると、どうしたら男性の適応度は上がるか
一つは女性に気に入られること
互いの魅力や性格の一致が配偶者選択の重要な鍵になるのは、この部分においてだと思われる いったん資源と生計の手段が独占できるものになり、富が蓄積できる形のものになると、男性には、それを独占して蓄積し、女性をコントロールすることによって、自らの適応度を上昇させる新しい道が開けた
男性がそのような戦略をとり始めると同時に、男性間の競争が厳しくなり、男性間に不平等が生じるようになる
経済力がそれを持っている個人の適応度に利益をもたらすという点では、女性も男性も同じなので、男性も女性も経済力のあることを好む
しかし、権力や権力をもたらす手段となる連合関係は、女性にとってより男性に取ってのほうが魅力的なはず
権力と経済力とが結びついていればなおさら
配偶者防衛に端を発する、女性の行動のコントロールをしようとする傾向は、進化によって形成された男性の心理か?
それはわからない
農耕と牧畜以後の1万年の間に、権力欲や配偶者防衛欲がどれほどであるかに関して、男性間につねに強い淘汰が働き、男性の脳の構造やホルモンの分泌パターンが、権力欲や配偶者防衛欲に優れるように変わってしまっていたなら、遺伝的基盤のある心理と言える
しかし、「女性は多数の男性と性関係を持ちたがらない」という通念と同様に、家父長制的文化のもとで作り上げられているものにすぎないかもしれない
学習によってジェンダーイデオロギーを身につけるかもしれないが、それが遺伝的な変化までは引き起こしていないかもしれない